営業秘密と個人情報(その2)

別の判例です。
判決文こちら↓です。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070208135714.pdf

平成19年2月1日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成17年(ワ)第4418号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成18年11月28日
原告:株式会社東京データキャリ
被告:有限会社スタンドオフ

判決最近ですね。
会社対会社になっています。
結論先に書きますと、

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

原告の負け。
昨日も書いているように、
1 原告勝訴率は非常に低い
わけです。
具体的な内容です。

第1 請求
被告ら(以下,被告有限会社スタンドオフを「被告会社」と,被告会社を除く被告3名を「被告ら3名」という。)は,原告に対し,連帯して2261万4880円及び
① 内金1729万7073円に対する被告P3につき平成17年6月2日(訴状送達の日の翌日)から,その余の被告らにつき同月1日(同左)から,
② 内金313万2223円に対する平成17年8月31日(2005年8月29日付け請求の趣旨拡張申立書送達の日の翌日)から,
③ 内金8万5584円に対する平成18年8月4日(2006年7月28日付け請求の趣旨変更申立書送達の日の翌日)から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。


第2 事案の概要
本件は,人材派遣事業等を営む原告が,原告の元従業員である被告ら3名及び同人らを雇用した被告会社は,原告の顧客に関する情報及び派遣スタッフに関する情報(以下,順に「顧客情報」,「派遣スタッフ情報」といい,両者を併せて「本件情報」という。)を使用して,原告の顧客の派遣元を原告から被告会社に変更させ,原告の派遣スタッフを被告会社の派遣スタッフとして登録させたとして,かかる被告らの行為が不正競争防止法2条1項7号(被告ら3名につき)又は同項8号(被告会社につき)所定の不正競争又は不法行為に当たると主張して,主位的に不正競争防止法4条に基づき,予備的に民法709条に基づき,損害金2261万4880円及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めている事案である。

原告企業の元従業員を雇った会社が、元従業員が持ち出した「顧客情報」(これは取引先企業ですね)「派遣スタッフ情報」(これは個人情報になるでしょう)を利用して仕事をしたことによる損害賠償を求めたわけです。


お互いの主張を見てみましょう。

【原告の主張】
本件情報は,人材派遣部門のパソコンで管理され,そのうちの一部は,シフト配置のために使用される「ロングシフト」と呼ばれる書類及び派遣スタッフに交付される「派遣スタッフ通知書」と題する書類に記載され,営業社員が業
務上使用される携帯電話にも保管されているところ,以下のような本件情報の管理の実態からすれば,本件情報が秘密管理性の要件を充たしていることは明らかである。
アパソコンへのアクセス者が必要最低限に限定されていること
人材派遣部門のパソコンは他部門とは繋がっていない。人材派遣部門の社員は,営業社員,事務社員を問わず,誰でも本件情報にアクセスできるが,それは業務上必要だからであり,パスワードによって更に特定の者にのみアクセス者を限定することは,業務上非効率である。人材派遣部門の社員は,営業社員と事務社員を併せて8〜9名である。したがって,本件情報は,人材派遣業務を遂行する上で必要最小限の者のみがアクセスできる体制が保持されているといえる。
イ社員への日常的な文書管理の指示がなされていること
P5支社長は,日常的に,人材派遣部門の社員に対し,業務上使用する文書,特に本件情報が記載されている文書や,従業員に業務上預けている携帯電話の取扱いについて,口頭で注意,指導していた。
 例えば,人材派遣部門の所長やマネージャーは,派遣スタッフのシフト配置を土日に行わざるを得ない場合があり,本件情報のうちシフト配置のために必要な情報が記載された,「ロングシフト」と呼ばれる書類を自宅に持ち
帰ることもあったが,P5支社長は,土日に持ち出したロングシフトは必ず会社に返却するよう指示していた。被告P1も,「嫌だなと思う」ほど大量の文書であっても,「ごみ箱に捨てては駄目だという認識」のもとに自分で
勝手に廃棄せず,社内に戻して会社の文書廃棄システムに乗せて処分しており,他の社員にも同様に指示していた。被告P1は人材派遣部門の所長であり,その直属の上司はP5支社長であるから,かかる被告P1の文書管理に
関する認識及び行いは,P5支社長の指導,指示が適切に行われていたことを推認させるものである。
ウ文書廃棄システムが確立されていること
原告では,ロングシフトを含め,業務上発生する営業情報が記載された文書を厳格な廃棄システムによって廃棄処理している。
エ研修による社員及び派遣スタッフへの秘密管理の指示がなされていること
原告は,人材派遣部門の全社員及びすべての派遣スタッフに対し,採用時に研修を行い,その中で,会社の営業情報に対する秘密保持の指導をしている。この研修は,社員に対するものはP5支社長又は被告P1が行い,派遣
スタッフに対するものはマネージャーが担当している。
派遣スタッフには,派遣先の名称や同一派遣先に派遣される他のスタッフの氏名,連絡先が記載された,「派遣スタッフ通知書」と題する書面が交付されるが,原告は,派遣スタッフに対する研修において,派遣スタッフ通知書は必ず持ち帰ること,シフトが終わったら細かく破って捨てることを指導している。派遣スタッフ通知書が各スタッフの手元に残ったままのこともあるが,派遣スタッフ通知書には派遣スタッフ情報のごく一部しか記載されていないこと,研修でその取扱いについて厳格に指導されていることからすると,派遣スタッフ通知書が各派遣スタッフの手元に残ったままであるとしても,秘密管理性は否定されない。
就業規則において秘密管理を定めていること
原告は,西日本支社にも就業規則(甲32)を常置しているが,その第33条(5)において「会社の業務上機密および会社の不利益となる事項を他に漏らさないこと」と定め,第37条(5)では「会社の秘密を漏らし損害を与えたとき」には「制裁を行う」ことも定めている。
被告ら4名は,被告P1が人材派遣部門の所長であり,他の3名はマネージャーの地位にある者であるから,本件情報が就業規則第33条(5)の「会社の業務上機密および会社の不利益となる事項」に当たることを十分に認識し,或いは認識し得る者である。現に,被告P1は,退職前に就業規則の内容を確認し,そこにこの営業秘密の保持を定めた条項が存在し,本件情報がその規制の対象となることを認識している。就業規則に対する被告らの認識は,被告P1の上記認識に代表されている。
カ個別の従業員に秘密保持の誓約文書の作成を求めていること
(ア) 原告は,従前より,従業員に対し,「CARRY」という名前の社内ニュースを定期的に発行し,その中で,業務上の会社情報の秘密保持を指示してきた。また,原告は,平成16年初めより,西日本支社の入り口の壁に,ポスターの形で,業務上の会社情報の秘密保持を啓発してきた。
(イ) 原告は,平成15年11月には,すべての従業員に対し,甲7の「個人情報秘密保持誓約書」の作成を求めた。甲7の誓約書は,直接には取引先から得た個人情報などを対象としたものではあるが,これによって,原告が業務上取り扱う情報の秘密保持に厳格な対処をしてきた事実が確認できる。

(ウ) 原告は,平成16年10月中旬ころ,すべての従業員に対し,甲8の「コンプライアンスに係る誓約書」の作成を求めた。甲8の誓約書は,甲7の誓約書とは異なり,取引先から得た個人情報などにとどまらず,本件情報を含む会社の営業機密全般を広く対象としたものである。
甲8の第1条では「貴社従業規則を遵守し」とあり,就業規則に定められている秘密保持義務が重ねて確認されている。そして,第3条には「貴社の営業上の情報」と記載されたうえで,「②取引先関係者の一切の個人情報」及び「④他社との業務提携に関する情報」と記載されており,顧客情報はここに含まれる。また,「③財務,人事等に関する情報」の中に派遣スタッフ情報が含まれる。
原告は,被告ら4名を含む従業員全員に甲8を提示して署名を求め,被告ら4名及び同被告らと同時に退職した事務社員を除く全員がこれに署名した。被告P1は,甲8の文章に全て目を通したうえで,甲8の第3条①ないし⑥の中に本件情報が含まれると認識し,そのうえで同被告以外の他の被告ら4名に対して「書かなくていいよと言った」というのであるから,被告P1の認識が同被告らにも共有されていることが推認される。
原告による甲8の被告ら4名への提示は,本件情報に対する原告の秘密管理意思の,極めて明確な表明と評価される。
キ社員の退職時に携帯電話並びに関係文書類を厳格に返還させていること原告は,従業員が退職する際には,従業員が業務上保持,作成した文書類,名刺及び業務に使用した携帯電話は,すべて原告に返還させている。

昨日書いた会計事務所と違いこの会社「情報管理」実施していますね。


「研修による社員及び派遣スタッフへの秘密管理の指示」
「人材派遣部門の全社員及びすべての派遣スタッフに対し,採用時に研修を行い,その中で,会社の営業情報に対する秘密保持の指導をしている。」
既存の社員にも、採用したばかりのスタッフにも教育実施しています。


「会社の業務上機密および会社の不利益となる事項を他に漏らさないこと」と定め,第37条(5)では「会社の秘密を漏らし損害を与えたとき」には「制裁を行う」ことも定めている。
就業規則での秘密管理の文章に制裁の明記までしています。


さらにすべての従業員に対し,甲7「個人情報秘密保持誓約書」書かせいます。
さらに、甲8「コンプライアンスに係る誓約書」の作成も求めています。
「甲8の誓約書は,甲7の誓約書とは異なり,取引先から得た個人情報などにとどまらず,本件情報を含む会社の営業機密全般を広く対象としたものである。」とのこと。


かなりやっている感じしませんか?


【被告の主張】
秘密として管理されているといえるためには,①当該情報にアクセスした者に当該情報が秘密であることを認識できるようにされていること,②当該情報にアクセスできる者が制限されていることなどが必要とされるが,以下の点か
ら考えると,本件情報が秘密管理されていたとはいえない。
ア本件情報は4Dというソフトによりパソコン上で電子データとして管理されていたが,パソコンを立ち上げる場合も,4Dにアクセスするためのパスワードも設定されていなかった。
人材派遣の部署は,他部署と同じフロアーにあって,遮蔽等されていなかったから,誰でも4Dがインストールされたパソコンにアクセスできる状態にあった。
イ原告においては,具体的店舗にどの人材を派遣するかについては,4Dを利用して,店舗・月ごとに一覧表(シフト表)を打ち出していた。シフト表には,顧客に関する情報,具体的派遣先店舗の名称,連絡先,派遣されるス
タッフの氏名,連絡先電話番号が記載されていたが,これらは原告が主張している営業秘密そのものである。
シフト表は,月ごと,店舗ごとに各派遣スタッフに配布されていた。シフト表に関して取扱を定めた社内規定等はなく,月が終わっても各派遣スタッフから回収するような措置はとっていなかった。
ウ派遣スタッフの中には,他の人に自分の電話番号を知られたくない者がいて,シフト表になぜ自分の電話番号を載せるのかと会社に苦情を言ってきたことがあった。被告P1はP5支社長に相談したが,苦情を言ってきた者の電話番号を消して配布することにしただけで,根本的な対応策は取られなかった。
エ派遣スタッフの中には,シフト表を店舗に忘れる者もあった。また,シフト表が店舗に張り出されている場合があり,店舗の販売員がシフト表に記載されている派遣スタッフの電話番号を見て連絡してくる場合もあった。
オ被告ら4名の原告在職中,原告においては,営業秘密管理規定が存在せず,原告と被告ら4名との間で秘密保持契約が交わされることはなかった。
なお,原告は,被告ら4名が退社する直前に,「コンプライアンスに係る誓約書」(甲8)について,同人らに署名を求めたが,同人らはこれに応じることはなかった。原告は,同人らが署名しないことについて,特に理由を尋ねることもなかった。
カ原告においては,本件情報の取扱いについて,主として個人情報保護の観点から口頭で指示をしたり,研修を行ったことはあったが,営業秘密保持の観点から指示をしたり研修を行ったことはなかった。
キ会社のフロアーに貼り出されていたという秘密保持に関するポスターは,個人情報の保護に関するものであって,営業秘密の保持に関するものではなかった。
また,業務上不要となった書類を業者に依頼して廃棄処分とすることは会社として当然であり,そのことで秘密管理の徹底を図っていることにはならない。


かなり反論されています。
原告辛いですね。


(2) 争点(1)イ(本件情報の有用性)について


【原告の主張】
顧客情報は,取引先の社名,支店名それらの人材派遣部門の担当者名,各人材派遣先の場所,業務内容などを内容とするものであるところ,これらは原告が継続的な営業活動によって蓄積したものであって,同業他社との競争のうえ
で多大な財産的価値を有する有用な情報である。
また,派遣スタッフ情報も,原告が顧客からのスタッフの派遣依頼に応じて,効果的にスタッフを派遣するうえで欠かせない有用な営業情報である。
したがって,本件情報は,有用性の要件を充足している。


【被告の主張】
被告ら4名は,個別の労働者派遣契約を信販会社の支店との間で締結する際に,本件情報を利用したことはない。
したがって,本件情報に有用性はない。

(3) 争点(1)ウ(本件情報の非公知性)について
【原告の主張】
本件情報は,原告以外の者には容易に知り得ない。
派遣スタッフ通知書は各派遣スタッフに配布されているが,派遣スタッフは,原告と契約する派遣スタッフであるから原告の内部者であり,外部者ではない。
また,派遣スタッフ通知書に派遣スタッフの連絡先が記載されているのは,具体的な派遣先に赴く際に,派遣スタッフ同士が初対面の場合が多く,互いに連絡を取り扱う必要に応じての措置であり,合理的必要性に基づくものである。
派遣スタッフに対して派遣スタッフ通知書の取扱いが厳しく指導されていることは,上述のとおりである。
したがって,本件情報は,非公知性の要件を充足している。
【被告の主張】
顧客情報,具体的派遣先店舗に関する情報,派遣スタッフの連絡先等の一部については,シフト表に記載され,それが各派遣スタッフに配布され,使用後も回収されるようなことはなく,そのため,各派遣スタッフは,シフト表を見
れば互いに連絡先を知り得る状態になっていた。
このような状況からすると,本件情報が非公知であったということはできない。

有用性と、非公知性について双方主張しています。
この後、「原告の顧客の派遣元を原告から被告会社に変更させ,原告の派遣スタッフを被告会社の派遣スタッフとして登録させ」の部分の争点が書かれています。

第3 争点に対する当裁判所の判断
1 争点(1)ア(本件情報の秘密管理性)について
(1) 不正競争防止法における「営業秘密」に該当するためには,①秘密として管理されている情報であること(秘密管理性),②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性),③公然と知られていない情報であること(非公知性)の3つの要件を充足する必要がある(同法2条6項)。
原告は,本件情報を保有し,これが不正競争防止法2条6項所定の営業秘密に該当する旨主張するので,まず,本件情報が秘密として管理されていたか否かを検討する。

裁判所の判断の根拠示されています。
そして事実を積み重ねていきます。
ア〜あるのですが抜粋して引用します。

カ本件情報の保管媒体③(派遣スタッフ通知書)
原告は,派遣店舗ごと,月ごとに,「派遣スタッフ通知書」と題する書面以下,単に「派遣スタッフ通知書」という。)を作成して各派遣スタッフに配布していたが,派遣スタッフ通知書には,本件情報のうち,当該店舗に当該月にシフト配置される派遣スタッフ全員の氏名及び携帯電話番号,各店舗を担当する信販会社支店担当者の氏名及び連絡先が記載されている。
1店舗にシフト配置される派遣スタッフの人数は,店舗によって異なるものの3名ないし20名近くであることから,1枚の派遣スタッフ通知書には3名ないし20名近くの派遣スタッフの情報が記載されている。また,派遣スタッフの中には,複数の店舗にシフト配置される者もあり,そのような派遣スタッフは,シフト配置される店舗の数分だけ派遣スタッフ通知書の配布を受けていた。各派遣スタッフは,配布を受けた派遣スタッフ通知書を自由に持ち歩いていた。原告は,派遣スタッフに対する研修において,派遣スタッフ通知書を派遣先店舗に置き忘れたりしないようにとの注意をしていたが,実際には,置き忘れや,同通知書が派遣先店舗のカウンターに張り出されていて部外者に個人情報が知られたためのトラブルがあったこともあった。
原告は,派遣スタッフ通知書の取扱いを定めた社内規定を作成しておらず,当該月が終わっても,各派遣スタッフから派遣スタッフ通知書を回収していなかったし,廃棄の確認の措置もとっていなかった。
派遣スタッフの中には,なぜ原告は,派遣スタッフ通知書に自分の電話番号を載せるのか,他の人材派遣会社ではそういうものに連絡先は載せていない,電話番号を消してほしいと苦情を言う者があり,被告P1は,苦情を受けてP5支社長に対応を相談したが,同支社長は,苦情を言ってきた派遣スタッフの電話番号を消して配布することを指示しただけで,それ以上の対策は講じなかった。


就業規則
原告の就業規則には,秘密の保持に関して,第33条(服務心得)に「社員は服務の遂行にあたっては,常に次の事項を守り業務に精励しなければならない。」として,「(5) 会社の業務上機密および会社の不利益となる事
項を他に漏らさないこと」と,第37条(制裁)に「社員が次の各号の一つに該当するときは,次条の規定により制裁を行う。」として,「(5) 会社の秘密を漏らし損害を与えたとき」との定めがあった。


ケ個人情報秘密保持誓約書
原告は,派遣先の信販会社から,信販会社が扱うクレジットカード会員の個人情報を外部に漏らさないことを誓う誓約書を派遣スタッフから取って欲しいとの要請を受け,平成15年11月ころ,「個人情報秘密保持誓約書」と題する書面(甲7。以下,単に「個人情報秘密保持誓約書」という。)を作成し,派遣スタッフに署名を求めた。


コンプライアンスに係る誓約書
原告は,社内の規程をISMSという情報のセキュリティーに関する規格基準に適合させるため,平成16年10月ないし11月ころ,「コンプライアンスに係る誓約書」と題する書面(甲8。以下,単に「コンプライアンスに係る誓約書」という。)を作成し,全従業員に署名を求めた。西日本支社の従業員は,被告ら4名を除いて,すべてコンプライアンスに係る誓約書に署名をしたが,被告ら4名は,署名しないまま原告を退職した。
コンプライアンスに係る誓約書には,第1条(規則等の遵守)に「貴社就業規則及び貴社秘密管理規程及び貴社競業避止規程を遵守し,誠実に勤務することを約束致します。」と,第3条(秘密保持の誓約)に「貴社秘密管理規程を遵守し,次に示される貴社の調査上または営業上の情報(以下「秘密情報」という)について,貴社の許可なく,如何なる方法をもってしても,開示,漏洩もしくは使用しないことを約束致します。」として,「①業務に係わる企画,資料,調査等の情報,②取引先関係者の一切の個人情報,③財務,人事等に関する情報,④他社との業務提携に関する情報,⑤上司または営業秘密等管理責任者により秘密情報として指定された情報,⑥以上のほか,貴社が特に秘密保持対象として指定した情報」が列挙され,第7条(退職金の減額)に「前各条項に違反した場合には,退職金規程に基づき算定される退職金額を減額されることを確認致します。(以下省略)」と,第8条(損害賠償)に「前各条項に違反して,貴社の秘密情報を開示,漏洩もしくは使用した場合,競業した場合,法的な責任を負担するものであることを確認し,これにより貴社が被った一切の損害を賠償することを約束致します。」と定められていた。


サ被告ら3名が原告に在職中,原告において,営業秘密管理規定は存在せず,また,原告と被告ら3名との間で,秘密保持契約は締結されていない。

営業秘密と職業選択の自由の検討もされています。

(3) 情報が営業秘密として管理されているか否かは,具体的事情に則して判断されるものである。しかし,事業者は,例えば従業員・関係者のプライバシーの保護や,悪用の防止等様々な観点から,内部情報を不必要に公表しないことも多く,これらすべてが不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するような解釈を採ると,同法の「営業秘密」に関する刑事罰の対象となる行為の限界が不明確となる結果を招くことになるうえ,従業員の職業選択(転職)の自由を過度に制限する結果となる。したがって,同法の営業秘密であるためには,当該情報にアクセスした者が,当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていること及び当該情報にアクセスできる者が制限されていることを要するものと解すべきである。


原告の主張について裁判所での検討がなされます。


(5) 上記秘密管理性の点について,原告は,前記第2の3(1)【原告の主張】のとおり,
ア(パソコンへのアクセス者が必要最低限に限定されていること)
イ(社員への日常的な文書管理の指示がなされていること)
ウ(文書廃棄システムが確立されていること)
エ(研修による社員及び派遣スタッフへの秘密管理の指示がなされていること)
オ(就業規則において秘密管理を定めていること)
カ(個別の従業員に秘密保持の誓約文書の作成を求めていること)
キ(社員の退職時に携帯電話並びに関係文書類を厳格に返還させていること)
の各点を挙げるので,検討する。


ア原告の主張ア(パソコンへのアクセス者が必要最低限に限定されていること)について
原告は,人材派遣部門の従業員が8ないし9名であることから,本件情報は人材派遣業務を遂行する上で必要最小限の者のみがアクセスできる体制が保持されていたと主張する。しかし,パソコンに保管されている本件情報については,特段の事情のない限り,それにアクセスできる者が制限されているということも,本件情報にパソコンからアクセスした者において,当該情報が営業秘密であることを認識できるようにされていたということもできない状況であったことは前示のとおりである。


イ原告の主張イ(社員への日常的な文書管理の指示がなされていること)について
原告は,本件情報が記載されている文書や,従業員に預けている携帯電話の取扱いについて,P5支社長が日常的に人材派遣部門の社員に対し,口頭で注意,指導していたとして,その具体例として,被告P1らが土日に自宅に持ち帰ったロングシフトについて,必ず会社に返却するよう指示していたと主張する。
なるほど,被告P1は,自宅に持ち帰ったロングシフトを自宅で廃棄することはなく,事務所に持ち戻して廃棄していたことは,前記認定のとおりである。
しかし,P5支社長が口頭で取扱いについて何らかの注意,指導をしていたとしても,前記(4)アないしウの点に照らせば,そのことをもって,本件情報が秘密として管理されていたと認めるに足りるものではない。また,むしろ,前記(4)ア,イの点,すなわち原告従業員や派遣スタッフの本件情報へのアクセス阻止がされていなかったことからすれば,被告P1が,自宅に持ち帰ったロングシフトを事務所に持ち戻して廃棄していたのは,派遣スタッフのプライバシーを部外者から保護する観点からなされていたものと理解する方が自然であって,直ちに不正競争防止法上の営業秘密性に結びつくものとすることもできない。


ウ原告の主張ウ(文書廃棄システムが確立されているとすること)について
原告は,ロングシフトを含め,営業情報が記載された文書は厳格な文書管理システムによって廃棄処理していると主張する。
しかし,証拠(P5証人)によれば,そもそも「文書廃棄システム」といっても,その内容は,与信調査部門において,配布書類を半年に1回程度回収し廃棄処分業者に処分を依頼していたことから,その際に,人材派遣センターから出る文書についても併せて処分を依頼していたという程度のものであって,文書を配布する際にその内容,枚数等を確認して配布したうえ,事後に,この事前の確認内容と照合して配布文書を回収するなどのシステムを整えていたものではないことが認められる。
したがって,原告のいう「文書廃棄システム」によって,本件情報にアクセスした者が,それが営業秘密であることを認識できたとも,本件情報にアクセスできる者が制限されていたとも,いうことはできない。


エ原告の主張エ(研修による社員及び派遣スタッフへの秘密管理の指示がなされていること)について
原告は,派遣スタッフに対する研修において,派遣スタッフ通知書は必ず持ち帰ること,シフトが終わったら細かく破って捨てることを指導していると主張する。
P6証人はこれに沿う供述をするけれども,その趣旨が,同通知書を不要として廃棄する場合の方法を指導した趣旨のようにも解されることは前示のとおりである。また,他の研修担当者が,派遣スタッフに対し,シフト終了後の同通知書廃棄を命じていたことも,それを実効性あらしめる措置がとられていたことも認めるに足りる証拠はない。したがって,前記(4)イの点に照らし,研修を根拠として,本件情報の秘密管理性を認めることはできない。


オ原告の主張オ(就業規則において秘密管理を定めていること)について原告の就業規則には,第37条(5)に「会社の秘密を漏らし損害を与えたとき」には「制裁を行う」ことが定められている。しかし,前記(4)アないしウの本件情報の客観的な管理状況に照らすと,このような規定のみでは,パソコンに保管されている本件情報にアクセスした原告の従業員や,派遣スタッフ通知書の本件情報にアクセスした派遣スタッフが,本件情報が上記第37条(5)所定の「会社の秘密」に該当し,ひいては不正競争防止法2条6項所定の営業秘密に該当すると認識することができたとは認められない。


カ原告の主張カ(個別の従業員に秘密保持の誓約文書の作成を求めていること)について
(ア) 証拠(P5証人)によれば,平成16年11月当時,原告では「CARRY」という社内ニュースを発行しており,毎月給料日に給与明細とともにこれを従業員全員に配布していたが,この社内ニュースに個人情報の保護に関する記事を何度か掲載したことがあること,西日本支社の事務所のあるフロアに原告の個人情報の保護方針を掲載したポスターを貼っていたことが認められる。
上記事実によれば,原告は,個人情報保護の観点から従業員の啓発活動を行っていたことは認められるが,このことから直ちに,営業秘密の保護の観点からも同様の啓発活動ないし従業員に対する指導を行っていたことを推認することはできない。
(イ) 原告は,派遣スタッフのみならず,全従業員に対し,個人情報秘密保持誓約書への署名を求めたと主張し,証拠(甲11,P5証人,P6証人)はこれに沿う。しかし,前記(2)ケ認定のとおり,個人情報秘密保持誓約書は,原告の顧客が信販会社であり,派遣スタッフが信販会社の保有するクレジットカード会員の個人情報を扱うため,信販会社から,このような個人情報を外部に漏らさないという誓約書を取ってほしいとの要請を受けて,原告において作成したものであるから,その経緯からすると,原告が派遣スタッフ以外の従業員に対して個人情報秘密保持誓約書への署名を求めたものとは考えにくい。もっとも,仮に原告が全従業員に対して個人情報秘密保持誓約書への署名を求めたとしても,上記経緯からすれば,それは信販会社のクレジットカード会員の個人情報を保護するという趣旨のものであって,そのことから直ちに,本件情報が,営業秘密として秘密管理されるようになったとすることはできない。
(ウ) 原告は,原告が被告ら4名を含む全従業員に対して,コンプライアンスに係る誓約書への署名を求めたことから,被告ら4名はコンプライアンスに係る誓約書の第3条①ないし⑥に本件情報が含まれることを認識した旨主張する。
なるほど,コンプライアンスに係る誓約書第3条には,「次に示される貴社の調査上または営業上の情報(以下「秘密情報」という)」として,「①業務に係わる企画,資料,調査等の情報,②取引先関係者の一切の個人情報,③財務,人事等に関する情報,④他社との業務提携に関する情報,⑤上司または営業秘密等管理責任者により秘密情報として指定された情報,⑥以上のほか,貴社が特に秘密保持対象として指定した情報」が列挙され,これら秘密情報を許可なく使用等した場合は,退職金の減額事由となり,また,損害賠償義務を負うことが定められている。
同条は抽象的な記載であるが,一般的・普通に読めば,本件情報は,顧客を「業務提携」先と解釈して同条④に,派遣スタッフの電話番号等を「人事等に関する情報」と解釈して同条③に該当すると解釈し得るようにも思われる。しかし,上記契約書への署名を求めたことをもって,本件情報が不正競争防止法上の営業秘密となったとすることはできない。
その理由は,次のとおりである。
不正競争防止法上の営業秘密が,それにアクセスした者が当該情報が営業秘密であることを認識できるようにされており,当該情報にアクセスできる者が制限されていることを要することは前示のとおりである。
一般的・普通に読めば,該当するものすべてを営業秘密とする趣旨のように理解する余地がある条項であっても,個々の情報の実際の取り扱われ方によっては,従業員らは,当該情報は営業秘密に含まれていない(だからこそ,現実に営業秘密として取り扱われていない)と理解する可能性がある。このことは,文書にマル秘と記載しておきながら,現実に秘密と扱っていない場合と同様である。本件についてこれをみると,前記(4)イのとおり,本件情報のうち,各店舗を担当する信販会社支店担当者の氏名及び連絡先と派遣スタッフの氏名及び携帯電話番号は,派遣スタッフ通知書としてプリントアウトされ,同通知書は,多人数の派遣スタッフに交付され,その者たちによって持ち歩かれ,保管蓄積も可能であった。このような取り扱いを前提とすると,抽象的な記載である条項しかない上記誓約書に署名を求めたとしても,そのことだけで直ちに,本件情報にアクセスした者がそれが営業秘密であることを認識でき
るようにされたとか,アクセスできる者が制限されたということはできないというべきである。
b また,誓約書に署名する場合には,各条項の意味をよく考え,いかなることが条項に該当するのかを検討するであろうが,署名しない場合には,どのみち誓約書の効力は発生しないのであるから,個々の条項の意味まで子細な検討をしないのがむしろ普通である。ちなみに,被告P1は,一方で,前記誓約書の第3条について,本件情報は,普通に読めば同条に含まれると思う旨供述しつつ,他方で,本件情報を秘密情報とも思っていなかったような供述や,誓約書をパッと見たときに「退職後2年間」(判決注・第6条)があったので署名できないと言って,第3条などの条項をじっと見て考えて返答したのではないとも供述するが,これらの供述は,第6条を受け入れられない被告P1が,第3条の意味まで検討しなかったことを示すと理解することができる。
そして,被告ら4名は,上記誓約書に署名していないうえ,上記誓約書の提示を受けた際,上記3条所定の「秘密情報」にどのような情報が含まれるかについて説明を受けたとも認められない。したがって,上記誓約書の提示によって,本件情報にアクセスできていた被告ら4名について,本件情報が秘密として管理されることを認識するに至ったということもできない。
そして,弁論の全趣旨によれば,パソコンにある本件情報に常々アクセスしていた原告の人材派遣部門の従業員のうち,被告ら4名は人数において約半分を占めることが認められるから,それだけの割合の者が,常々アクセスしながら,本件情報が秘密として管理されていると認識していない以上,上記誓約書の提示をもって,本件情報が秘密として管理されるに至ったとすることもできない。


キ原告の主張キ(社員の退職時に携帯電話並びに関係文書類を厳格に返還させていること)について被告ら4名に貸与していた携帯電話について,原告が同人らから返却の申し出を受けたにもかかわらず,退職後しばらくの間引き続き被告ら4名に携帯電話を持たせていたことは前記認定のとおりである。この点に関する原告の主張は,理由がない。


(6) 以上の次第で,本件情報は,前記(4)アないしウの管理状況に照らし,本件全証拠によっても,被告ら4名が原告に在籍していた当時,秘密として管理されていたと認めることはできないから,不正競争防止法2条6項所定の営業秘密に該当するということはできない。


(7) なお,争点(2),(3)にも関わる事柄であるが,本件情報のうち,派遣スタッフの性別,生年月日,住所,ポケベル番号,交通機関,所要時間,身分,銀行口座番号は,当該スタッフが被告会社に登録する意思を持った段階で,同
スタッフから最新情報の開示が任意に受けられる性質のものであって,本件全証拠によっても,原告の有していたこれらの情報を被告らが使用,開示したり,不正に取得したと認めることはできない。また,派遣スタッフの原告への入社日及び原告における出退勤の状況は,被告会社には必要がない情報であって,これも,被告らが使用,開示したり,不正に取得したと認めるに足りる証拠もない。そうだとすると,本件情報のうち,問題となるものは,各店舗を担当する信販会社の支店の担当者の氏名及び連絡先と,派遣スタッフの氏名,携帯電話番号又は電子メールアドレスである。そして,そのうち派遣スタッフの電子メールアドレス以外のものは,派遣スタッフ通知書に記載されていた内容であり,電子メールアドレスは,携帯電話に存在したものであって,前記(4)イ及びウのとおり,本件情報の中でも,とりわけ秘密管理性が認めがたいものということができるところである。


(8) よって,原告の主位的請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。


こうやって読んで行くと原告辛いですね。
かなり情報管理している会社でも裁判ではこんな感じになっていってしまいます。
この現状では不正競争防止法で裁くことは難しいわけですね。


(ク) そうすると,被告ら3名については,原告を退職後,原告の派遣スタッフのうち何名かに被告会社への登録を勧めたり,従前原告が労働者派遣契約を締結していた信販会社支店に対して営業活動を行ったことは認められるけれども,その勧誘及び営業活動の具体的態様において社会通念上自由競争の範囲を逸脱したものがあったことは認定できず,また,原告に損害を加える目的で一斉に退職し原告の組織活動が機能し得なくなるようにしたことも認定できず,その他特段の事情の認められない本件においては,本件7店舗の派遣元が原告から被告会社に変わったこと及び原告の派遣スタッフのうち相当数の者が被告会社に登録したことについて,被告ら3名において不法行為は成立しない。
(3) 被告ら3名について不法行為が成立しない以上,被告会社がその責任を負うこともない。
(4) よって,原告の予備的請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
3 結論
以上の次第で,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官山田知司
裁判官西理香
裁判官村上誠子


原告勝訴率が非常に低い理由わかった気がします。
終わりまで読んでいただきありがとうございました。