営業秘密と個人情報

今日の主題は、一昨日書いた、

○ 勤めていた男性用かつらの販売会社を退職する際、当社の顧客名簿を無断でコピーし、これをもとに独立開業後顧客の獲得を行った業者に対し、不正に入手した顧客名簿のコピーの廃棄及び損害賠償を命じた事件(男性用かつら顧客名簿事件、大阪地判平8.4.16)

のように、営業秘密でもあり、個人情報でもある場合です。
顧客名簿は個人情報に含まれるという考えに基づきます。


例えば、取引先企業の不良債権リスト。
当然営業秘密ですが、個人情報ではありませんね。
でもこれも漏洩した場合、漏洩元の企業大変なことになりそうです。
個人情報取扱事業者」が持っている、個人の顧客リスト。
電話帳のようなごくまれな例を除き、ほとんどの場合営業秘密でもあるわけですね。
個人情報取扱事業者」から除外される基準書いておきます。

その取り扱う個人情報の量及び利用方法からみて個人の権利利益を害するおそれが少ないものとして政令で定める者

とあります。
上記「量」の基準ですが、

過去6ヵ月以内のいずれの日においても個人データのよって識別される特定の数が5000を超えない者

となっています。
ただ、企業が「個人情報取扱事業者」になっていないからといって、情報管理が甘く、個人情報の漏洩があった場合法律が及ばなかったとしても、社会的な信用が落ちる等の不利益をこうむる可能性が充分考えられますね。
個人情報が漏洩してしまった場合、その漏洩した個人に対して、何らかのお詫びの必要性は「ある」そういう結論になって良いと考えます。
「漏洩に対して個人から、責められると企業は辛い」そんな感じでしょうか。



企業側として、情報漏洩の原因となった個人に対しての追求も必要ですね。
情報漏えいの原因、外部からの不正侵入によるものより、身内の犯行が多いようです。
その時、問題になるのが一昨日書いた不正競争防止法の規定にある、この↓部分です。

企業の秘密情報が不正競争防止法上の営業秘密として保護を受けるためには、

次の3つの要件を満たさなければならない。

 # 秘密として管理されていること(秘密管理性)

 # 事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)

 # 公然と知られていないこと(非公知性)

特に問題になってくるの「# 秘密として管理されていること(秘密管理性)」の部分だと思います。
いくら漏洩したからといって、
事業活動に有用では無い、技術上又は営業上の情報であったり、
公然と知れているものであれば、その情報自体に「価値が無い」ことになります。



事業活動に有用な技術上又は営業上の情報でかつ、公然と知られていない個人情報があったとします。
それが、紙媒体であった場合、表紙にの印が大きく押してあったとしても、鍵のかかるローッカーに普段しまわれていないで、部や課の共有のロッカーに収納されていた場合、
「秘密として管理されている」といえるのか?


パソコン上にあったとしても、その情報にアクセス権の制限がかかっていなかったり、
パスワードや全文の暗号化がかかっているかどうか?
「秘密として管理する」という一言ですが、企業側は漏洩者の責任追及しようとした場合、普段の心がけが良くないと裁判で負けることも考えられるわけですね。


実際どうなのでしょうか?


加藤法律特許事務所様↓によりますと。
http://www.katolawpatent.com/cont/copyright/mondai/4/2.html

1 原告勝訴率は非常に低い
最高裁HPなどを参考に拾った最近の判決32件のうち原告が勝訴したのは3件(「男性用かつら顧客名簿事件」「墓石販売事件」「業務書式持出し事件」)のみであり、原告勝訴率は10パーセント弱に過ぎません。しかもこのうち「業務書式持出し事件」は不正競争行為は否定し不法行為を肯定して原告を勝たせたケースです。
2 損害賠償額はあまり大きくない
そもそも損害賠償が認められたケース自体が少ないのですが
男性用かつら顧客名簿事件−49万5100円
墓石販売事件−630万円(うち弁護士費用60万円)
3 事件類型は大体決まっている
営業秘密には営業情報と技術情報があるのですが判決例にあらわれているのはほとんどが営業情報のケースです。
その中でも「元従業員が営業資料を持ち出して転職して使用した」というケースが非常に多くなっています。
技術情報が問題になったケースはほとんどありません。

とのことです。
で、男性用かつらの判例なんとか見つけました。
こういうの慣れてないと、探すの苦労しますね。こちら↓です。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/A991D70A7D84885349256A7700082E2F.pdf
有用性について、

原告は、別紙営業秘密目録記載の原告顧客名簿(以下、単に「原告顧客名簿」という)を保有しているところ、原告顧客名簿は、以下に述べるとおり、原告が多額の広告費をかけて開拓した昭和六四年(平成元年)一月以降の原告心斎橋店における顧客に関する情報が記載されているものであって、その情報は、男性用かつらという極めて限定された商品の市場における顧客を確保するために必要で、かつ原告の死活を決するほど原告の事業活動に有用な営業上の情報である。

 
秘密管理と、非公知性について。

 

原告顧客名簿は、店のカウンター内(来店した顧客からは見えない)に保管され、従業員以外の者はアクセスできないように秘密として管理されており、かつ、公然と知られたものではないから、不正競争防止法上保護されるべき営業秘密に当たる。

裁判どのように有罪を立証していくのでしょう。

原告顧客名簿(甲一六)をコピーすることについて心斎橋店店長(丁)の承諾を得たとの被告の供述は、証人丁の証言に照らし信用できない。
 そうすると、被告は、原告代表者との口論により退職の意思を固めた後である八月一三日から一四日までの間に、原告に無断で、原告心斎橋店に保管されていた原告顧客名簿(甲一六)を同店から持ち出してコピーしたものと推認する外はなく、したがって、被告は営業秘密である原告顧客名簿を不正に取得したものというべきである。そして、被告は、右のように不正に取得した原告顧客名簿(写し)を使用して、そこに記載された原告の顧客に電話をかけ、これによって来店した客に対し理髪や男性用かつらの受注等の業務を行ったのであるから、被告の行為は、不正の
手段により営業秘密を取得し、かつ、右不正取得行為により取得した営業秘密を使用した行為に該当する(不正競争防止法二条一項四号)。

 結論として会社側が49万5100円の賠償金を受け取ったわけです。


別の判例いってみます。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/D157A94C610326E749256A7700082C6D.pdf
舞台は会計事務所です。

第一 請求
(主位的請求)
 被告は、原告保有の顧問先名簿、顧問料金表、各得意先の会計、経営の情報を記載した電子フロッピーを使用してなした、別紙顧問契約者一覧表記載の者との顧問契約業務を行ってはならない。

原告と被告どんなふうに争っていくのでしょうか?

【原告の主張】
 原告は会計法人であり、原告の従業員は、公認会計士法及び税理士法の規定により守秘義務を負っている。
 顧問先名簿、顧問料金表は、外部に漏出し第三者、特に同業者の手に渡ると顧問先を奪い取られるおそれが多分にある。また、顧問料金を知ることにより被告は、原告の顧問先に顧問料の提示をし、勧誘を行うことができたのである。
 原告は、顧問先名簿を二階入口の書棚に入れ、顧問料金表を経理課の書庫に入れて施錠し、フロッピーを原告の各顧客担当従業員の机の上に置かれた保管箱に入れ、それぞれ保管していた。
 以上より、原告情報は原告の営業秘密である。


【被告の主張】
1 顧問先名簿について
(一) 原告の顧問先名簿は、事務員が年賀状等挨拶状の宛名書きをする際などに利用されているだけで、新たなビジネスチャンスに結びつくような使われ方はされていないから、事業活動に有用な営業上の情報に当たらない。
 また、原告と顧問先との関係は、その業務内容から主として個人的信頼関係によって形成、維持されるという特殊性を有しているから、顧問先名簿が、同業者の手に渡ったとしても、原告が顧問先を奪い取られるおそれはない。
(二) 顧問先名簿は、原告事務所の一階と二階の事務員のデスク上に保管されており、秘密管理性はない。
 なぜなら、①名簿のどこにも秘密であることの表示はなされておらず、②文書はもちろん、口頭によってですら、秘密であることが従業員に告げられたことは全くなく、③顧問先名簿にアクセスできる人的制限、時間的制限は全くないし、④管理責任者も決められておらず、⑤名簿の利用方法、利用手続等についての定めや指導もなく、⑥就業、異動、退職に際して、守秘義務を課すことも全くなされていなかったからである。


2 顧問料金表について
(一) 顧問料金表は、その記載内容からすると、経理課において顧問料等の請求の集計と入金状況のチェックをするために使われていたと思われるが、そのような顧問料金表は、事業活動に有用な営業上の情報に当たらない。
 また、顧問料金表も、顧問先名簿同様、同業者の手に渡ったとしても、原告が、顧問先を奪い取られるおそれはない。
(二) 顧問料金表の保管状況は知らないが、原告の主張によると、経理課の書庫に入れて施錠していたとのことである。
 顧問先との金銭関係を示すものであるから、他聞をはばかるものであることは、そのとおりであるが、経理課が保管していたという事実からするなら、それ以上の意味を有する管理ではない。
 原告においては、重要書類を保管するためのキャビネットが、経理課とは別のところにある。顧問料金表は、原告において重要書類の範ちゅうに入れられておらず、一般の経理関係書類と同等の保管をされていた。
 さらに、①顧問料金表のどこにも秘密であることの表示はなされておらず、②文書はもちろん、口頭によってですら、秘密であることが従業員に告げられたことは全くなく、③顧問料金表にアクセスできる人的制限、時間的制限は全くないし、④管理責任者も決められておらず、⑤顧問料金表の利用方法、利用手続等についての定めや指導もなく、⑥就業、異動、退職に際して、守秘義務を課すことも全くなされていなかった。
 したがって、顧問料金表に秘密管理性はない。
3 フロッピーについて
 フロッピーに記憶されている情報は、顧客の過去の会計事象を示す経理数値であって、本来、当該顧客が保有する情報であり、原告が独占保有する情報ではない。
 このような情報にすぎないから、原告もそれなりの管理しかしていないのである。すなわち、①保管箱には錠がついておらず、②保管箱自体の保管は各従業員に任されており、実際の保管は単に従業員の机の上に置かれていただけであり、③フロッピー自体に秘密であることの表示はなされていないし、パソコン使用に際して、パスワードの設定もなされておらず、④文書はもちろん、口頭によってですら、秘密であることが従業員に告げられたことは全くなく、⑤フロッピーにアクセスできる人的制限、時間的制限は全くないし、⑥フロッピーの利用方法、利用手続等についての定めや指導もなかった。
 したがって、フロッピーに秘密管理性はない。


守秘義務についても争われています。

【原告の主張】
 前記一【原告の主張】記載のとおり、原告の従業者であったBは、原告情報について、守秘義務を負っていた。
 ところが、Bは、前記四【原告の主張】2記載のとおりの使用目的で、原告の営業秘密を被告に開示したのであるから、不正の目的があったことは明らかである。
【被告の主張】
1 秘密保持契約が存しない場合において、退職従業員が、在職中に示されていた情報を退職後に利用する場合に、不正の目的が認められるためには、信義則上、守秘義務が認められ、かつ、その義務に著しく違反して情報を使用していることが必要である。
 しかし、Bが、原告を退職するに当たって、Bに守秘義務を課すような契約や制約は全く存しなかった。また、信義則上、守秘義務が認められるような事情は存在しないし、著しい義務違反も存在しない。
2 原告は、公認会計士法及び税理士法の規定を守秘義務の根拠としているが、原告自体は税理士業務ないし公認会計士業務をなす法人ではなかったので、右法条の適用は受けない。また、そもそも税理士法公認会計士法が課する守秘義務と、不正競争防止法上の営業秘密に関して論ぜられるべき守秘義務とでは、趣旨・範囲が
全く異なる。


なんか、原告が1言えば、被告が3〜5ぐらい反論している感じですね。
ここまで(全文載せてはいませんが)読んでもどうも原告側普段の備えができていない気がしますね。


裁判所の判断です。

第四 争点に対する判断
一 争点一(原告情報は営業秘密か)について
1 不正競争防止法二条一項八号で定められている営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう(同条四項)。すなわち、ある情報が事業者にとって、いかに有用な情報であり、公然と知られていない情報であったとしても、当該情報が「秘密として管理されて」いなければ、当該情報は、営業秘密と評価されない。そして、ここにいう「秘密として管理されている」(以下「秘密管理性」という。)といえるためには、当該情報の保有者に秘密に管理する意思が
あり、当該情報について対外的に漏出させないための客観的に認識できる程度の管理がなされている必要がある。
 そこで、原告が営業秘密と主張する顧問先名簿、顧問料金表及びフロッピーにつき秘密管理性が認められるかを検討する。
 なお、原告は、原告の従業員は公認会計士法及び税理士法の規定により守秘義務を負っているから、当然、原告情報は原告の営業秘密であると主張する。しかし、不正競争防止法上の営業秘密が認められるための秘密管理性とは、情報の保有者が当該情報をどのように管理しているかという事実行為の側面から判断されるものである。したがって、法律上守秘義務が課せられる情報であったとしても、保有者が現実に秘密として管理していなければ、当該情報は、秘密管理性がなく、不正競争防止法上の営業秘密とも認められないのである。したがって、仮に、原告の従業員が公認会計士法税理士法の規定により対外的に守秘義務を負っているとしても、そのことから当然に、原告情報が原告の営業秘密であると解することはできない。
2 顧問先名簿について
 証拠(甲17、乙5、被告代表者)によれば、原告は、顧問先名簿を原告事務所二階入口の無施錠の書棚に入れていたこと、原告では、暑中見舞いや年賀状といった季節の挨拶状の宛名書きや、顧客先との事務連絡用に、主として事務員が利用していたこと、いつでも必要があれば、従業員の誰もが顧問先名簿を見ることができたこと、以上の事実が認められ、顧問名簿に秘密と表示していたとか、従業員に顧問先名簿は秘密とするように指導していたとか、顧問先名簿にアクセスできる人的制限、時間的制限が課せられていたとかなど、原告が顧問先名簿を秘密として管理していたとすれば、うかがわれて然るべき事情は、認められない。
 右事実からすると、原告が、顧問先名簿を、Bを含む従業員との関係で客観的に認識できる程度に、対外的に漏出しないように管理していたとは認められない。
 したがって、顧問先名簿につき秘密管理性は認められず、顧問先名簿が原告の営業秘密であるとは認められない。
3 顧問料金表について
 証拠(乙5)と弁論の全趣旨によれば、原告においては、重要書類を保管するためのキャビネットが、経理課とは別のところにあるところ、原告は、顧問料金表の保管を経理課の事務員に任せていたこと、同事務員は顧問料金表を一般の経理関係書類と同様に経理課の書庫に入れて施錠していこと、以上の事実が認められ、顧問料金表に秘密と表示されていたとか、従業員に顧問料金表は秘密とするように指導していたとか、顧問料金表にアクセスできる人的制限、時間的制限が定められていたとかなど、原告が顧問料金表を秘密として管理していたとすれば、うかがわれて
然るべき事情は、認められない。
 右事実からすると、顧問料金表は、施錠されて保管されていたものの、それは原告の保有する経理文書の管理方法として一般的であって、原告が、顧問料金表を、Bを含む従業員との関係で客観的に認識できる程度に、対外的に漏出しないように管理していたとは認められない。
 したがって、顧問料金表につき秘密管理性は認められず、顧問料金表が原告の営業秘密であるとは認められない。
4 フロッピーについて
 証拠(甲17、乙5)によれば、原告は、フロッピーを、原告の各顧客担当従業員をして、各従業員が担当する仕事に関する情報が記憶されたフロッピーを各従業員の机の上の無施錠の保管箱に入れて保管させていたことが認められ、フロッピーに秘密と表示していたとか、従業員にフロッピーは秘密とするよう指導していたとか、フロッピーにアクセスできる人的制限、時間的制限が課せられていたとかなど、原告がフロッピーを秘密として管理していたとすれば、うかがわれて然るべき事情は、認められない。
 右事実からすると、原告が、フロッピーを、Bを含む従業員との関係で客観的に認識できる程度に、対外的に漏出しないように管理していたとは認められない。
 したがって、フロッピーにつき秘密管理性は認められず、フロッピーが原告の営業秘密であるとは認められない。
5 以上より、原告情報は、いずれも営業秘密とは認められない。


原告側の主張した顧客情報、営業秘密として認めてもらえませんでした。


三 以上より、その余の争点に判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
 よって主文のとおり判決する。
(平成一一年六月二四日口頭弁論終結
大阪地方裁判所民事第二一部
         裁判長裁判官   小   松    一   雄
            裁判官   高   松    宏   之
            裁判官   安   永    武   央
 

判例調べていると色々出くわします。
長くなったの別の判例明日ということで。