5人殺害無期判決

なんか物騒なタイトルですね。

5人殺害無期判決
岐阜地裁情状酌量の余地」

これ13日夕刊手元の新聞で15面中央上(4コママンガの横)の記事の見出しです。
これだけ読むとそのまま受け入れる事可能ですか?
私は大丈夫だったのですが、
この見出し、深い意味が秘められているようです。
記事から一部引用します。

一度に5人の犠牲者が出て死刑が求刑された事件で、極刑ではない判断が出されるのは異例。

5人殺せば死刑!
これが今の裁判の定番のようです。
asahi.comから引用しておきます。
http://www.asahi.com/national/update/0113/NGY200901130003.html?ref=goo

中津川5人殺害の被告、異例の無期懲役判決2009年1月13日11時16分

原平被告
 岐阜県中津川市で乳幼児を含む家族5人を殺害するなどしたとして、殺人と同未遂の罪に問われた同市坂下、元市職員原平被告(61)の判決公判が13日、岐阜地裁であり、田辺三保子裁判長は「長年にわたる母からの嫌がらせで精神的に追いつめられていた」などとして情状酌量の余地を認め、無期懲役(求刑死刑)を言い渡した。一度に5人の犠牲者が出て死刑が求刑された事件で、極刑ではない判断が出されるのは異例。

 田辺裁判長は情状酌量の理由について「私利私欲に基づく犯行でないことは明らかで、一方的な逆恨みでもない。母の嫌がらせで苦しみ自殺も図った。精神的に追いつめられての一家心中で、再犯の可能性もあるとは言えない。また、被害者も極刑は望んでいない」と述べた。

 判決によると、原被告は、旅行で妻(60)が不在だった05年2月27日、自宅で、長男(当時33)と母(同85)を絞殺。さらに呼び出した長女(同30)と当時2歳と生後3週間の孫2人の首も絞めて殺したうえ、長女の夫(43)を包丁で刺して殺そうとした後、自殺を図った。

 05年7月から17回に及んだ公判では、原被告の責任能力が争われた。妻に何度も嫌がらせをしていたとしてうらんでいた母だけでなく、愛情を持っていた子や孫4人も殺す一方、妻を残すためにあえて妻がいない日に事件に及んだとする動機は、精神障害が原因かどうかで、検察側、弁護側の意見が異なった。

 「責任能力があった」とする検察側に対し、弁護側は「一種の妄想で、心神耗弱状態だった。責任能力は限定的だった」としていたが、判決は「論理的、合理的な根拠はない」として弁護側の主張を退けた。

 母殺害について、田辺裁判長は「独善性が極めて強いが、精神障害でなければ理解できないわけではない。妻は、理解してくれる唯一の存在と考え、妻を母のいじめから解放してあげたいと思っていた。母との確執に耐えられないということで、母の殺害は理解可能」と述べ、一家殺害についても「一家が汚名をきせられたまま生きられないと考えたのも理解できなくはない」とした。

 今回の事件では、検察側、弁護側の双方が精神鑑定を請求。06年に弁護側が求めた鑑定は「心神耗弱」、07年に検察側が請求した再鑑定は「完全責任能力があった」と結果が異なっていた。


他の新聞社ネット検索してみました。
中日新聞
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2009011302000231.html

岐阜・中津川一家6人殺傷 原被告に無期懲役
2009年1月13日 夕刊


 岐阜県中津川市坂下で2005年2月、一家6人を殺傷したとして殺人罪などに問われた元市老人保健施設事務長原平被告(61)の判決公判が13日、岐阜地裁であった。田辺三保子裁判長は「まれに見る重大な犯罪で極刑を視野に入れるべきだが、私欲目的による犯行ではない」として、検察側の死刑求刑に対し、無期懲役を言い渡した。5人殺害で責任能力を認めながら死刑を避けた異例の判決となった。

 田辺裁判長は裁判で争点となった原被告の責任能力について、検察側の主張を採用して「精神障害ではなく、完全な責任能力があった」と認定。動機も、長年にわたる嫌がらせをしてきた母との確執で殺害を決意したとした。長男と長女、孫らを殺したのは「殺人者の家族という汚名を着せられるのを避けるため」と説明した。

 その上で「動機は理解できないものではない」とし、「あまりに独善的で自己中心的だが、一家心中という面は否定できず酌量の余地はある」とした。

 公判では当初、弁護側が申請した精神鑑定では、被告の妄想などを理由に「責任能力が限定的だった」とされた。しかし、検察はこれに同意せず再鑑定を申請。「事前に計画を練っており、犯行に精神障害の影響はない」として完全に責任能力があるとする結果が出た。

 このことから検察は「動機に酌量の余地は全くない。自己中心的で冷酷、非道な犯行」として死刑を求刑。

 弁護側は当初の鑑定結果から「被告人のまじめな生活状況や人格からすれば、責任能力の欠けた状態でなければ犯行はできない」と心神耗弱を主張。近隣住民から嘆願書が出ていることなどからも死刑回避を求めていた。

【中津川の一家6人殺傷事件】

 判決などによると、岐阜県中津川市の市老人保健施設事務長だった原平被告(61)が、母親=当時(85)=が自分らへ嫌がらせをしているとして憎しみを募らせ、殺害を計画。2005年2月27日朝、市内の自宅で寝ていた同居の長男=同(33)=と母親をネクタイで絞殺。近くに住む長女=同(30)=と2歳、生後3週間の孫2人も自宅へ連れ出して首を絞めて殺害した。長女の夫(43)も腹を刺され重傷を負った。原被告は自らの首を刺して自殺を図った。

この記事も、

5人殺害で責任能力を認めながら死刑を避けた異例の判決となった。

と、刑の軽さに触れています。

毎日です。
http://mainichi.jp/select/jiken/archive/news/2009/01/13/20090113dde041040008000c.html

岐阜・中津川の5人殺害:被告に無期 完全責任能力認める−−地裁判決
 岐阜県中津川市で05年2月、無理心中を図って母親や孫ら家族5人を殺害、1人にけがをさせたとして殺人と殺人未遂の罪に問われた同市坂下、元同市介護老人保健施設事務長、原平(はらたいら)被告(61)に対し、岐阜地裁の田辺三保子裁判長は13日、無期懲役(求刑・死刑)を言い渡した。田辺裁判長は原被告の完全責任能力を認め、「一方的思いから孫までも殺し、身勝手、自己中心的だ」と指摘。一方で「精神的に追い詰められた末の犯行で一抹の酌量の余地がある。極刑の選択にはちゅうちょが残る」と述べた。【山田尚弘】

 判決は、原被告が03年ごろから、母チヨコさんが妻美枝子さんを泥棒扱いすることに耐えかね、チヨコさんへの殺意を抱いたと指摘。さらに「家族を残しておくと殺人者の家族と言われて不幸になる」と考え、一家殺害を計画したと認定した。

 また、原被告が動機や犯行内容について捜査段階から公判段階まで具体的に供述していることなどから「完全責任能力があった」とする鑑定を採用した。

 公判では、原被告に事件前に睡眠障害があったことなどから、責任能力がどれほどあったかが争点となった。弁護側の申請で行われた鑑定は、原被告が妄想性障害、急性一過性精神病性障害だったと診断。弁護側は「心神耗弱で責任能力が限定される」と主張した。

 一方、検察側の申請による鑑定は「一家殺害という尋常でないことに思いを巡らし、葛藤(かっとう)を繰り返したため寝付きが悪くなった」と説明。原被告に「責任能力は完全にあった」とした。

 ◇孫の太鼓が泣いている
 原平被告は「残された家族が殺人者の家族と見られることが可哀そうだと思った」と、公判で動機を語ったが、遺族たちは「納得できない」と苦しみ続けている。裁判長が朗読する判決理由に、遺族たちはじっと聴き入った。

 「将来、きっと可愛い子になるね」。原被告の孫娘、彩菜ちゃんが生まれた05年2月7日、病院で初めて対面した時のことを、娘婿の孝之さんの父、藤井智昭さん(73)は忘れない。智昭さんの子どもが男ばかりだったこともあり、喜びはひとしおだった。

 しかし、彩菜ちゃんは生後3週間で原被告に殺された。結局、智昭さんは一度も抱くことがなかった。

 「なぜ同居もしていない娘一家まで襲ったのか」。智昭さんは05年7月の初公判以降、裁判所に何度も足を運んだ。法廷で原被告は「家族が(殺人者の家族として)生き残れば、可哀そうと思った」と説明した。疑問は消えなかった。

 智昭さんによると、孝之さんは事件前、話好きで明るい性格だった。だが、妻と子ども2人を失ってから人が変わった。事件後、同居を始めたが、会話を交わすことはほとんどない。「事件が家族をバラバラにした」と智昭さん。居間の仏壇近くには、孝之さんの望みで和太鼓など子どもたちのおもちゃが並べられている。「大人になったら、お父さんと一緒にたたく」と元気にバチを振っていた孝平ちゃんの姿が今も目に浮かぶ。判決が下されても、孫たちが戻るわけでもない。「せめて判決を区切りに、自分自身や孝之の気持ちが楽になればいい」【山田尚弘】

 ◇判決の認定内容
 原被告は05年2月27日午前7時半過ぎ、自宅で寝ていた母チヨコさん(当時85歳)と長男正さん(同33歳)をネクタイで絞殺した。

 その後、近くに住む長女の藤井こずえさん(同30歳)方に行って、こずえさんと長男孝平ちゃん(同2歳)、長女彩菜ちゃん(同生後3週間)を自宅へ連れ帰り、こずえさんと孝平ちゃんをネクタイで絞殺、彩菜ちゃんの口を手でふさぐなどして窒息死させた。

 さらに、こずえさんの夫孝之さん(43)を自宅へ呼び出し、腹部を包丁で1回刺したが、軽傷で殺害の目的は遂げなかった。

産経です。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080916/trl0809161222004-n1.htm

親族5人殺害の公判結審、判決は来年1月13日 岐阜地裁
2008.9.16 12:13

このニュースのトピックス:刑罰
 岐阜県中津川市の民家で平成17年、母親や孫ら家族5人を殺害したとして、殺人罪などに問われた元市職員、原平被告(60)の公判は16日、岐阜地裁(田辺三保子裁判長)で結審した。判決は21年1月13日。

 公判は責任能力の有無が争点になり、弁護側は犯行時に原被告が心神耗弱だったと主張。検察側は7月に開かれた論告求刑公判で「犯行は計画的で、殺害動機も理解できる」と指摘し、死刑を求刑した。

 弁護側はこの日の最終弁論で「被害妄想で母親に対する憎しみを募らせた。最愛の家族を殺すのは正常な精神状態ではない」と指摘。「死刑だけは避けていただきたい」と訴えた。

 原被告は最終意見陳述で「本当に申し訳なく、おわびのしようがない」と述べた。


「5人殺して、無期は異例だよ」
って、なにも書く必要はないと思いますがいかがでしょうか?
死刑執行の基準があるかのようで、(実際あるのかもしれませんが)その事を意識させなくてもね。
そんな思いあります。
裁判の中立性に、毎日・産経の記事は触れようとしていないところが好感持てました。


裁判員制度もうすぐ始まりますが、そういった死刑基準みたいな暗黙の了解があって、
一般人が、それに則って死刑判決を出していく。
そう考えると、嫌な感じします。
タブン連休直前か、連休中の新聞に、死刑制度の維持の支持率は高かったように記憶しています。
なんか、裁判員制度になって、今回判決を出した裁判長さんのような、刑をそういった基準みたいなものではなくて、純粋にその裁判の内容を判断して判決を出すことができるか心配しています。